不倫に対して罪悪感が無い。というか、むしろ、とても楽しいスポーツのジャンル。
「ちょっと飲みに行ってくるわー」程度の軽い感じで、
不倫をするようになってしまっている。
こんにちは、ケン太です。
特に、子供の居ない僕にとっては、「浮気」の延長線上に「不倫」がある感じに。
もともと、浮気に対しても罪悪感が無かった。
なんで無いのか?とたまに問われるが、無いものは無いのだから仕方がない。
そして、楽しいのだからしょうがない。
相手もそうだ。
基本的に、相手は「不倫に理解のある」人であることが多い。
不倫経験者や、浮気経験者。それらの人は、ふつーに不倫を楽しんでいる。
日常茶飯事で不倫してる。
主婦の仕事である茶飯事と同じ感覚で不倫してる。
最近、不倫した相手、3人とも同じことを言っていた。
「旦那に求めるものと、不倫相手に求めるものは違う。
旦那からは、それらはもう一生得られないのだから、
他で探すしかない。だって生きてく中で、必要なものだもの。」
お前ら3人知り合いかよ、三国同盟かよと言わんばかりに、同じことを言ってた。
そうなんです、それが世論なんです。
きっと、世論に日本の婚姻制度が追い付いてないだけ。
で、前置きはこのくらいにして、
僕が結婚してから3年で、どれくらいの不倫をしてきたかというと、
「7人」である。
そのうち、3人は、定期的に会う関係になっている。
一緒に映画観に行ったり、カラオケしたり、飲んだりしている。
それだけで帰る日も半分くらいはある。
別に、下心だけで走ってるわけではないのだ。
不倫相手も、「一緒にいて楽」じゃないと続かない。
その辺の感覚は結婚相手と一緒。
あとは、「深入りしない」「細かい話は聞かない」「嫉妬しない」。
これくらいじゃないだろうか。
とにかく、本気にならないように心掛ける。
本気になったら、もうお終い。
あと、飽きてもお終いだけど。
で、ここ3か月くらい、とにかく不倫が楽しくてしょうがなくなってきている。
僕にとって不倫はスポーツの一種のようなものであり、
まぁ言ってみればバドミントンみたいなもんだ。
(毎日はしないけど、たまにやったら楽しい)
で、バドミントンでラリーが続くようになってくると、楽しくなってくる。
マラソン好きな人がランナーズハイになるように、
ラリーの応酬でラリーハイ的な感じになってきて、多幸感がもたらされる。
つまり今、不倫ハイなのである(居酒屋かよ)。
不倫ハイになってくると、ちょっとヤバい事に手を出そうとしてくる。
平日、有給とって休んでディズニーシーに行ってしまうとか、
富士急に行ってしまうとか、
クリスマス当日を、不倫相手と過ごしてしまうとか。
そう、昨年12月に、これ全部やってしまった。
これは明らかに不倫ハイな状態である。
ちょっとWikiってみたら、
「マラソンなどで長時間走り続けると気分が高揚してくる作用「ランナーズハイ」は、
エンドルフィンの分泌によるものとの説がある。
二人以上で走ると効果が高い。
また、性行為をすると、β-エンドルフィンが分泌される。
エンドルフィン(endorphin)は、脳内で機能する神経伝達物質のひとつである。
多幸感をもたらすと考えられている。そのため脳内麻薬と呼ばれることもある。」
とある。
確実にいま、エンドルフィン出てる。
エンドルフィンの浄蓮の滝。
で、まあ次の流行語大賞狙ってるわけです。
「不倫はスポーツ」
不倫は文化と言った石田純一は叩かれたけど、
スポーツと定義付けたら、いきなり爽やかな存在に変わる。
心の健康上、必須スポーツなのである。
五輪正式種目になればいいのに、と思う。
そしたら、罪悪感なく不倫できる僕は、
一種の才能であって、天才的に力を発揮することになる。
他の人が苦労して、不倫に対する理性や配偶者に対する罪悪感、
義理や固定観念を捨てようと努力する中、
僕は颯爽と、軽やかに、なんの抵抗もなく、セックスできる。
不倫界のイチローになれる。
このイチロー名言も、全部不倫に置き換えられる。
『結果が出ないとき、どういう自分でいられるか。
決してあきらめない姿勢が、何かを生み出すきっかけをつくる。』
『やってみて「ダメだ」とわかったことと、
はじめから「ダメだ」と言われたことは、違います。』
『何かを長期間、成し遂げるためには考えや行動を一貫させる必要がある。』
『初心を忘れないことっていうのは大事ですが、
初心でプレイをしていてはいけないんです。成長した自分がそこにいて、
その気持ちでプレイしなくてはいけない。』
『何かを達成した後は気持ちが抜けてしまうことが多いので、
打った塁上では「次の打席が大事だ」と思っていました』
イチローさんの言葉、勉強になるなー。
と、いう、話。
以上。